本の感想の感想

読書の後の備忘録

「日の名残り」の感想・書評

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

85点 

 

はっきりいって感動した。

終わりごろになって、泣きそうになり、この本を読み終えたくないと思った。

 

内容は、とあるイギリス貴族の家で仕えている執事の話。その執事が歳を取り、仕える相手もアメリカ人に代わる、その歴史が書かれている。

まずすばらしいのは、美しさ。

何が美しいか。それは人の心でもあり、古き時代でもあり、人の葛藤でもあり、歴史でもあり・・・特にいえるのは、時の流れだろうか。そして、その美しさはダイヤモンドのような美しさではなくて、夕日のような美しさ。そして、この本は、夕日だけを描くのではなくて、昇っている陽の状態から徐々に落ちていく、その美しさを見事に表現している。

それから悲しさ。やはり陽が落ちるのはつらい。しかし、それがどうしようもない、本当に。時が流れて落ちていくため、だれにもどうすることもできない。それがつらい。また、よき執事であることが人生において何かを犠牲にせざるを得ないこと、これがつらい。しかし、そのつらさが、執事としての喜びや誇りを得るために必要であることが、またつらい。

それから、時が流れること、これもまた、つらい。つらいが美しい。

文体もおもしろい。本当に丁寧な、律儀な、少したどたどしいぐらいの文章だが、それが、特にこの作品にはマッチしている。

すばらしい世界を描いたものだと思う。

日本の作品でいえば「斜陽」に似ていると思う。内容も、文章も。

樅ノ木は残った (上) (新潮文庫)」という山本周五郎の傑作があるが、このときも同じような感動を覚えた。ただ「樅の木は残った」は読み終わった後に、耐え忍んだ男の姿に言いようのない感動を覚えたが、本作品は、世界全体に対して言いようのない悲しさと美しさを覚えた。

 

感想の感想

「読み終えて、静かだが、確かで、深い余韻に包まれた。1989年にブッカー賞を受賞したという。それだけのことはある。」

→本当にそう思う。余韻が残る、深く、静かで、私には悲しい余韻が。

「偏屈で石頭で無意味なまでに徹底して保守的でカビが生えたような英国ブルジョワジーの中で人生を過ごした執事の晩年の回想録が、人間の営みの深淵、悲しみと喜びを淡く優しく照らし出すとは……。」

→何も見えていないと思える人が実はもっともよく見ている、という感じだろうか(ちょっと違うかもしれないが)。意外な設定から、不偏性に通じていくというところがまた不思議だ。